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音楽家ヴォーリズ #8  音楽家・高木五郎(後篇)

2006年5月9日

昭和6年(1931年)夏、ヴォーリズの秘書として働いていた高木五郎は事務所に姿を見せなくなる。
少し病気をして欠勤していると聞いたヴォーリズはすぐに彼の住まいを訪ねた。
母と二人住まいの小さな家で、彼は激しい痛みのため床に伏していた。来診の結果、盲腸炎とわかり、すぐに手術が必要となった。
しかし当時の八幡には外科手術を行う病院は無く、車で一時間余りの距離にある大津の病院へ彼は運ばれた。

しかし既に腹膜炎をおこしていた彼の手術は不成功に終わってしまう。

ヴォーリズ夫妻は数日間、ベッドのそばで彼の母や兄とともに彼を慰め、励まし続けた。
しかし、事実は反対にヴォーリズたちが彼から慰められているようであった。
一緒に賛美歌を歌ってほしいと頼まれたヴォーリズたちは彼とともに歌った。それは「神ともにいまして」という歌い出しの賛美歌であった。
ヴォーリズらは幾度も声がつまって歌えなくなったが、彼ははっきりとしたアルトで最後まで歌い続けた。
そして歌い終わった彼は、世話になったこと、祈ってもらったことの礼を述べ「神に任せよ」という言葉を最後に、静かに召された。

翌年、短くはあったが充実した彼の一生をヴォーリズは伝記として書き記した。
それは「Goro Takagi-Musician 若き音楽家の生涯」と題され、近江兄弟社図書出版部からオリジナルの英文と高橋虔訳の日本語版として出版されることになる。

「若き音楽家の生涯」の最後に、高木五郎の生涯を見守りつづけたヴォーリズが学んだこととして、「音楽」というものについて詳細かつ明快な見解を記述している。

その記述のいくつかで「音楽」という部分を、仮に他の分野での働きに置き換えてみたとき、不思議なほどにヴォーリズ自身がその生涯を通して貫いた何かに通じる、共通した思いが伝わってくる。
少し長い引用になるが、楽しんでみていただきたい。

一、 演奏の中心点は、演奏する曲目より、寧ろ演奏法の中にあ
   る。
二、 演奏者の人格(其人の霊的向上心、精神的背景、肉体的健
   全さ等を含めた)はその人のテクニークよりも、もっと大
   切である。五郎さんはテクニークを機械的なものと考へて
   ゐた。殆んど楽器の一部分のやうに考へてゐた。それに反
   して音楽は音楽家の人格の一部であるとしてゐた。
三、 音楽はその音及構造の中に横溢する一つの意味を持たねば
   ならぬ。人の前で演奏する場合に、五郎さんは耳によく感
   ずる曲目よりは寧ろ、単純でも深い意味を有する音楽を好
   んで選んだ。「無意味の雄弁よりは単純な言葉を用いて深
   い意味をあらはした方がよい」と五郎さんは言ふであらう。
四、 音楽は社会奉仕の手段でなければならない。
五、 音楽の商業化は音楽及演奏者を汚すことになる。
六、 如何に練習を積んでも、音楽家が其心の中に神の召命を感
   じなければ、真の音楽家となることが出来ない。
七、 音楽は精神的領域に於て、その最高の域に到達する。
八、 公の演奏の場合には、演奏者の力にあまるやうな、曲目を
   選んではならない。言ひ換へれば力一パイの演奏よりは、
   余裕があるといふ所を認めさせる必要がある。
九、 音楽家の生活は彼のメッセージそのものであった。公の演
   奏などはその一方面にすぎない。
十、 偉大なる音楽家は、音楽以外に於ても偉大でなければなら
   ぬ。即ち音楽家は、その天職以外の職をもって円満なる人
   格を造らねばならぬ。
十一、音楽をそれ自体のために愛好して、練習の時、自らを音楽
   の奴隷のごとくしない者は、音楽界の高い地位を占めるこ
   とが出来る。
十二、真の音楽家の技量は、多勢の前で演奏するときよりも一人
   で奏する時の方が、最も的確に発揮されるものである。
十三、音楽には、精神的要素があり、音楽的素質は、或る程度ま
   で、誰でも正常な人間の心の中にかくれて存在してゐる。
十四、音楽愛好は、物質的又は肉体的誘惑を却けることが出来る。
十五、音楽のみでは教養ある人格を造ることは出来ないが、如何
   なる教育も音楽なくしては不完全である。
十六、音楽は病を癒す力を持ってゐる。
十七、子供に音楽の技巧を教へる場合には、それが子供の重荷と
   ならず、寧ろ楽しみとすることが出来るもので、又そうす
   べきものである。
十八、音楽の教授は神聖なる仕事であるから、人格的に欠点のあ
   る教師は危険である。
十九、音楽練習の場合、唯手と頭のみを訓練して同様に心の訓練
   を怠ってゐるならば、眞の音楽家となることは出来ない。
二十、音楽家は他の全ての人々と同様に、ある特殊の目的を以て、
   此世に生まれ出たものであるから、その人の生涯の仕事が
   宇宙の創造者、支配者たる神の御計画に、どの程度まで合
   致してゐるかといふことによって、その人の価値が定まっ
   てくる。

        ・・・つづく

音楽家ヴォーリズ #8  音楽家・高木五郎(後篇)

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